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2024年8月28日

血液中マイクロRNAによる膵がん診断法の開発に向けた研究

血中マイクロRNAの網羅的な解析により膵がん発症の有無を高精度に識別できる

概要

京都大学医学研究科消化器内科学の河相宗矩医員、福田晃久准教授、妹尾浩教授らのグループは、ムーンショット型研究開発事業のもと、近畿大学、京都府立医科大学など14施設の多施設で、アークレイ株式会社との共同研究により、血中マイクロRNAの網羅的な解析により膵がん発症の有無を高精度に識別できることを明らかにしました。膵がんは早期の場合に無症状であることが多く、発見が難しいことから、予後不良のがんの代表とされています。今回、膵がん患者と非がん対照者の血液中マイクロRNAを次世代シーケンサーにより網羅的に解析したデータを用いて、AI機械学習により膵がんを識別するための判別モデルを構築したところ、独立した検証群において、膵がん患者を非がん対照者と高精度に識別できることが示されました。早期の無症状の膵がん患者も非がん対照者と識別できており、膵がんの早期発見につながる技術となる可能性が示されました。
本成果は、現地時間2024年8月28日にBritish Journal of Cancer誌のオンライン版に公開されます。


1. 背景

膵がんによる死亡者数は本邦でがん全体の4番目で増加傾向にあり、5年生存率が8.5%と最も予後不良ながん種の一つとして知られています。診断、治療における様々な取り組みより、膵がん患者さんの予後は若干改善傾向ですが、依然不良です。膵がんはその約半数が発見時に遠隔転移を有したStage4で診断され、遠隔転移があると5年生存率が5%未満と大幅に低下します。一方、診断時点において膵臓内に限局し1cm以下の切除可能である膵がんは、膵がん全体の僅か数%を占めるのみですが、10年生存率が90%以上と報告されており、早期発見・診断することが膵がんの予後を改善するために重要となります。しかし、初期の膵がんの多くは特異的な症状に乏しく、無症状であり、また、早期膵がんを特定するための有用なバイオマーカーが存在しないことから、早期の発見・診断が非常に困難であるのが現状です。したがって、膵がんを早期に判別・診断するための侵襲性の低い新たなツールが必要とされています。
マイクロRNA(miRNA)は18から24塩基ほどの短いRNAであり、エキソソーム等の細胞外小胞によって細胞外に分泌され、他の細胞に取り込まれることで、遺伝子発現を制御することが知られています。血液中のマイクロRNAが膵がんの新たなバイオマーカーとなり得ることがこれまでの研究により示唆されていますが、早期ステージの特に無症状の膵がん患者に着目して検証された研究はこれまでにありませんでした。


2.研究手法・成果

京都大学医学研究科消化器内科学の河相宗矩医員、福田晃久准教授、妹尾浩教授らのグループは、近畿大学、京都府立医科大学など14施設の多施設で、アークレイ株式会社との共同研究により、膵がん患者212人および非がん対照者213人の血液中マイクロRNAを次世代シーケンサーを用いて網羅的に測定し、AI機械学習により、膵がん患者を非がん対照者と識別する膵がん判別モデルを作成し、独立した検証群でその識別能を検証しました。
膵がん識別モデルの作成にはAutoML技術を利用し、100種のマイクロRNAの発現量データを用いて、8つのアルゴリズムを組み合わせたアンサンブルモデルを構築しました。
マイクロRNAによる膵がん患者と非がん対照者の識別モデルの性能を既存の腫瘍マーカーであるCA19-9と比較したところ、CA19-9のAUCが0.88である一方、マイクロRNAモデルではAUC 0.94、マイクロRNAとCA19-9を組み合わせたモデルではAUC 0.99とより高精度に膵がん患者を非がん対照者と識別できることが示されました(図1、図2)。さらに、ステージ0とステージ1の早期膵がんに限定すると、CA19-9ではAUCが0.81である一方、マイクロRNAモデルではAUC 0.92、マイクロRNAとCA19-9を組み合わせたモデルではAUC 0.98となり、早期膵がん患者でも高精度に非がん対照者と識別できることが示されました(図3)。さらに、無症状の早期膵がんにおいては、CA19-9は感度0.29であるのに対し、マイクロRNAモデルは感度0.48、マイクロRNAとCA19-9を組み合わせたモデルは感度0.67となり、膵がんの早期発見・診断に繋がる技術であることが示されました。


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本研究の膵がん識別モデルは、イルミナ社製の次世代シーケンサーであるNextSeq 550を用いて測定したマイクロRNA発現データを用いて構築していますが、サーモフィッシャー社製の次世代シーケンサーであるIon GeneStudio S5を用いて測定した検証群でも同様に識別できることも確認できており、マイクロRNAの測定法の違いにも強い、頑健性の高いモデルであることも示されました。


3. 波及効果、今後の予定

本研究により、血中マイクロRNAを網羅的に測定し、AI機械学習による膵がん判別モデルを作成し、その識別能を独立した検証群で検証した結果、膵がん患者を非がん対照者と高精度に識別することが示されました。早期の膵がん患者も非がん対照者と識別することができており、膵がんを早期に発見できる侵襲性の低い新たな検査法となる可能性が示されました。今後は、膵がんのリスク因子を有する高リスク群においても、本研究で構築したmiRNAによる膵がん識別モデルが有用であるのかを検証するなど、アークレイ株式会社と共同で、本研究により得られた技術の社会実装に向けて研究開発を進めていく予定です。


4. 研究プロジェクトについて

本研究は、アークレイ株式会社からの共同研究費、及び、JSPS科研費(19H03639、19K16712、19K22619、20H03659、21K19480、23K21432、23K27582、23H02891、24K02438)、AMED次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE;18cm0106142h0001、19cm0106142h0002、20cm0106177h0001、21cm0106177h0002、21cm0106283h0001、22cm0106283h0002)、AMED次世代がん医療加速化研究事業(P-PROMOTE;23ama221326h0001、24ama221326h0002、24ama221515h0003)、AMED革新的先端研究開発支援事業(AMED-PRIME;21gm6010022h0004)、ムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2022-1、JP22zf0127009)、JST共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT;JPMJPF2018)、JST創発的研究支援事業(FOREST;23719768)、武田科学振興財団、高松宮妃癌研究基金、アステラス病態代謝研究会、第一三共生命科学研究振興財団、安田記念医学財団、上原記念生命科学財団、内藤記念科学振興財団、京都大学の支援を受けて実施されました。


用語解説

1. 次世代シーケンサー (Next Generation Sequencer, NGS)
数千万から数百億の小さなDNA断片の塩基配列を同時に読み取ることができる装置であり、多くの学術研究で使用される他、近年ではがんゲノム医療におけるがん遺伝子パネル検査でも使用されています。マイクロRNAのような小分子RNAも網羅的に再現良く測定することができます。

2. AutoML (Automated Machine Learning)
機械学習のプロセスを自動化する技術であり、データの前処理や機械学習アルゴリズムのハイパーパラメータの最適化、予測精度の高いアルゴリズムの探索などを自動化でき、モデル構築の効率性から注目が集まっています。

3. AUC (Area Under the Curve)
ROC曲線の下部分の面積を意味し、二値分類の性能を評価するために用いられます。AUCの値が1に近いほど識別性能が高いことを示し、完全にランダムに識別されたときは0.5となります。


研究者のコメント

膵がんは早期発見・診断が困難であり、Stage0、Stage1でみつかるのは僅か10%未満です。膵がんはStage0、Stage1で手術することができれば、長期の予後が期待されますが、膵がんを早期に発見・診断できる既存のバイオマーカーは、現在ありません。今回、14施設の多施設で、アークレイ株式会社との共同研究により、血液中マイクロRNAを網羅的に測定して、AI機械学習による膵がん判別モデルを作成し、独立した検証群で検証した結果、膵がん患者を非がん対照者と高精度に識別できることが示されました。早期の膵がん患者も非がん対照者と識別することができており、膵がんを早期に発見できる侵襲性の低い新たな検査法となる可能性が示されました。本研究は、過去最大数の早期膵がん患者における血液中miRNAのデータ解析であり、特に、無症候性の早期膵がん患者でも非がん対照者と識別できることを初めて示した点は重要な点になります。今後は、本研究により得られた技術の社会実装に向けて、アークレイ株式会社と共同でさらに研究開発を進めていく予定です。


論文タイトルと著者

タイトル:Early detection of pancreatic cancer by comprehensive serum miRNA sequencing with automated machine learning
著者: Munenori Kawai, Akihisa Fukuda*, Ryo Otomo, Shunsuke Obata, Kosuke Minaga, Masanori Asada, Atsushi Umemura, Yoshito Uenoyama, Nobuhiro Hieda, Toshihiro Morita, Ryuki Minami, Saiko Marui, Yuki Yamauchi, Yoshitaka Nakai, Yutaka Takada, Kozo Ikuta, Takuto Yoshioka, Kenta Mizukoshi, Kosuke Iwane, Go Yamakawa, Mio Namikawa, Makoto Sono, Munemasa Nagao, Takahisa Maruno, Yuki Nakanishi, Mitsuharu Hirai, Naoki Kanda, Seiji Shio, Toshinao Itani, Shigehiko Fujii, Toshiyuki Kimura, Kazuyoshi Matsumura, Masaya Ohana, Shujiro Yazumi, Chiharu Kawanami, Yukitaka Yamashita, Hiroyuki Marusawa, Tomohiro Watanabe, Yoshito Ito, Masatoshi Kudo, Hiroshi Seno
*Corresponding author
掲載誌:British Journal of Cancer
DOI:10.1038/s41416-024-02794-5


膵がん症例登録施設

京都大学医学部附属病院、近畿大学病院、京都府立医科大学附属病院、大阪赤十字病院、日本赤十字社和歌山医療センター、大津赤十字病院、北野病院、天理よろづ相談所病院、滋賀県立総合病院、兵庫県立尼崎総合医療センター、京都桂病院、神戸市立西神戸医療センター、神鋼記念病院、高槻赤十字病院